リスクがないものは受験と言わない

2020.11.17 Tuesday

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    「私(ぼく)はどの高校なら受かりますか?」

    「〇〇高校なら推薦基準に届いたからそっちにしようと思うんですけど・・・」

     

    最近、この種の発言をよく耳にします。

    私は聞き返すことにしています。

     

    私「第一志望の高校はどこだっけ?」

     

    生徒「△△高校ですけど、推薦基準に足りなくて・・・」

     

    私「推薦基準を満たさないと受験できないの?」

     「だから〇〇高校を推薦で受けるの?」

     

    生徒「・・・」

     

    私「△△高校を一般受験すればいいだけの話ではないか!」

     

    生徒「でも・・・」

     

    私「一般受験で点数を取れば合格できる、それでいいじゃないか!」

     

    生徒「うーん・・・」

     

     

    まぁ、楽な方がいいよね。だって、苦労せずに合格するんだから。

    それで、高校受験が終わったとして、あなたにとって高校受験とはなんだったのか?

    後で振り返って、高校受験で何か成長したと思えるだろうか?

    まぁ、合格という結果だけが残る。きっとそれだけですよ。

    受験勉強から得たものは何も残らないでしょう。

     

     

    また、自信がないのはわかりますよ。

    では、その自信を持てるだけの努力を十分にしてきましたか?

    先日の期末テストに向けても、「誰よりも精一杯やった」と胸を張って言えますか?

     

    言えるわけない。

    誰が見たって学習量が足りていないのだから。

     

    そういう人に限って、毎日が以下の繰り返し。

     

     

    ●時間を決めても時間に来ず、遅刻しても平気な顔。

    ●勉強を始めたと思えば、時計ばかり気にして集中していない。

    ●わからない問題があると考えもせず、隣の友達に話しかける。

    ●挙句の果てには睡眠学習という名の居眠り。

    ●終了時間が来ると、喜びいさんで帰宅の途につく。

     

    はい、お疲れさまでした!
    もちろん、計画通りに進まない。

     

    そうなんです、その場その場の自己満足で、勉強したつもりになって、

    実際のところ、たいして勉強していないんです。

    だから、自信なんかつくはずがない・・・

     

     

     

    そもそもにおいて、受験というのは「合格」と「不合格」があるものです。

     

    「合格」を前提に受験を語るなど、本来はあってはならないことです。

     

    「不合格」という「リスク」を背負うからこそ、ひたむきな努力ができるのです。

     

     

    ただ、これまでの努力の成果として、結果的に「推薦」という制度によって優遇される場合がある。

    ここで勘違いしてほしくないのは、

    「推薦」は結果論であり、努力が足りなければ「優遇」など受ける資格はないということ。

    だいたい、志望校に入るための十分な努力もしていないのに、別の学校なら・・・と、

    「推薦」という甘い汁を吸わせてもらおう、なんていう性根が間違っています。

    「推薦」で受験できないなら、他の学校にしようなんて、すべての高校に対して失礼千万!

    受験生を名乗る資格などありません。心からそう思っています。

     

     

    いいですか、一般試験で合格基準得点を取れば「合格」です。

    すべての受験生に与えられている、平等な権利です。

    推薦で受験できなくても、合格の可能性が「0」になった訳ではありません。

    それなのに諦めるのですか?

    志望校への思いはその程度ですか?

    これから受験までの時間で、できることは何もないのですか?

    何のために塾に来ていますか?

    「志望校に合格するため」ではないのですか?

    努力が足りなかったことを自覚して、志望校合格のために努力すべきで、諦めるべきではありません。

    今、この時点で諦めてしまうのは、自分自身への背信行為に他なりません。そう考えているのです。

     

     

     

    私は毎年、受験生たちに思っていることがあり、講師1年目から、現在に至るまで変わりません。

    それは、周りの人が「自然に応援したくなるような受験生」であってほしいということです。

     

    周りの人の1人である私たちは、「仕事」「使命」として、受験生のサポートをしていますが、

    「仕事」以上の価値を見いださせてくれるような、そんな魅力ある受験生に育ってほしいのです。

    そして、そのような姿勢は、今後の長い人生でも、きっとプラスに働くでしょう。

     

     

    たとえば、オリンピックに出場する選手が、「私は出れればそれでいい」「メダルなんかいらない」

    なんていうことを、始まる前から発言していたとして、応援する気持ちになりますか?

    実力は足りていなくても、世界と戦うために、ひたむきに努力をするアスリートに、

    心を打たれて、自然と応援したくなる、そういうものではないですか?

     

     

    人の魅力というのは、日常の姿勢からにじみ出てくるものです。

    今の自分が、人に応援してもらえるような受験生なのかどうか、今一度、よく考えてみてください。